「したためる」という言葉と漢字
同じような言葉の意味を持っていても、その表現や言い回しを変えるだけで人に与える印象はだいぶ変わってきます。
それを上手く使いこなせる人は話も分かりやすく説得力も違います。実際にそういう人の話を聞くと感心しますし、知的な印象を受けます。
私みたいなコミュニケーション能力の低い人間は、伝えたいことを上手く表現できなかったり、相手に十分に伝わらずもどかしい気持ちになることが多々あります。時には怒ってる相手に油を注いでしまうことも(泣)
ζ*’ヮ’)ζ<大目にみてほしいかなーって
表現能力の乏しさと人とのコミュニケーションの難しさを日々痛感しております
「認める」と書いて「したためる」
「手紙を書く」
これを別の言い方にすると
「手紙をしたためる」
と表現できます。
「書く」よりも「したためる」と使った方がどこか奥ゆかしく、落ち着いた印象を受けませんか?この表現を使えばあなたの文章はより奥の深いものになること間違いありません(使う機会があったらだけどね)。
「したためる」を漢字にすると
認める”と書きます。
つまり“認める”(みとめる)と同じなんです。知ってました?
語源は諸説あり、どれが正しいのかハッキリと分かっていないみたいですが
1:「シタ(下)+トム(留む)」が語源
‐日本語源広辞典
2:「したた」は心がこもっていて確かであることで「したたか」などと同源
-暮らしのことば 新語源辞典
他にも「下認(したとむる)」や「たたむ」と関係のある語、などいろんな説が言われています。
余談:調べた中では(2)にあるように「強か(したたか)」と同根であるという記載が多く見受けられました。ちなみに「強か」の意味は粘り強い・手ごわい・しっかりした、と言う意味。
三つの文字の調和
日本語語源辞典によれば
『したたむ【認】「親手・む」
シタは親切や親身などで使われる「親(したし)」、タは「手(て)」で方向・性質の意味(付け加えでいうと「める」は接尾語)。』
なんで「認」をシタタムと言うのかというと、
親しむと認めるとは同縁の字、
(中略)
さらに調の字義の仮借的な用法で、調がトトノフ=物ごとのつり合いがうまく取れて具合がよいという義で、これも二者の親和関係であることから、認を調に通じて使用する(同辞典より)
はやくいえば
「認」・「親」・「調」
この三つの文字の成り立ちや意味・読み方など関連が深く、それがいろいろとつり合って「認」=「したた・む」というようになったということだと思います。
下準備はきっちりと
「したためる」は「書く」他にも「食べる」という意味があります。
どちらの意味にしても、その行為自体を表す言葉のように思われるかもしれません。
しかし元来、きちんと準備をする・手抜かりなく事を運ぶようにするという、ただ単純な動作だけでなく心遣いや気配りなども加えたかたちでの意味合いが強かったみたいです。
(それにしっかり遺漏なく準備をする、という「書く」「食べる」前の段階に重点が置かれた意味だったようです。)
『「したためる」は本来、周到な配慮で確かに処理するの意で、そのように対処する動作には手紙を書いたり調理や食事をしたりすることも含まれていた』
【暮らしのことば 新語源辞典】
時がたつにつれてその対処する動作の方に意味が移っていったんですね。
今度、送る手紙は「書く」のではなく、「したため」てみたいものです。皆さんも自分の気持ちをしっかりと整理して、想いのこもった手紙を「したため」てみてはいかがでしょうか?
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