近代郵便のはじまり・その1|イギリスの郵便改革とローランド・ヒルの功績

明治6年4月1日、日本の郵便制度は大きく変わりました。それまでの距離制料金から全国均一制料金へと移行したのです。
このきっかけとなったのが、1円切手の肖像として知られる前島密 (Japan Post Bank) がイギリスの郵便制度を視察した際の経験です。

近代的なイギリスの郵便制度に感銘を受けた前島は、それを参考に日本の郵便制度を整備・発展させていきました。

この記事では、日本の郵便改革の手本となったイギリス近代郵便の歴史を解説します。

 

一人の庶民が動かした郵便改革

1837年、ある約100ページのパンフレットが出版されました。タイトルは「郵便制度改革—その重要性と実用性—」。著者は郵便とは無縁の一般市民、ローランド・ヒルという人物でした。

当時のイギリスの郵便事情

パンフレットが出版された頃のイギリスは、産業革命の恩恵を受けて産業活動が活発でした。人口も順調に増加していたにもかかわらず、郵便の利用は思うように増えていきませんでした。

原因は郵便料金の高さでした。料金が高くなってしまった背景には、主に以下の2つの要因がありました。

特権階級による郵便料金の不正利用
当時の一部の特権階級には郵便料金を無料で使える特典がありました。この無料制度の利用増大と不正利用が郵便事業の収益を圧迫し、その分が一般の郵便料金に上乗せされていたのです。

国の財政への依存
郵便料金は国庫に納められていたため、国の財務状況によって郵便料金に追加コストが上乗せされることがありました。

こうした問題を改革しようと立ち上がったのが、ローランド・ヒルでした。

 

ヒルの提案:料金値下げと重量制の導入

ヒルは郵便需要を高めるためにいくつかの案を提示しました。

郵便料金の引き下げ
当時の料金は書状の枚数と距離によって決まっていました。ヒルはまずこの複雑な料金体系を改め、料金を大幅に引き下げることを提案しました。

料金を下げることで郵便物の需要が増し、結果的に収入も増えるという見通しを立てたのです。

ヒルは輸送コストを算出し、過去の郵便収入や利用通数などと照らし合わせながら郵便料金を分析しました。そうした作業を経て、料金は引き下げられると結論づけていきました。

重量別・全国均一料金制
距離ではなく重量を基準とした全国均一の料金制度を提案しました。

なお、この重量別の全国均一料金制度はイギリスよりひと足早く導入していたフランスの制度を参考にしたものでした。

 

前納制の導入:受取人払いから差出人払いへ

当時のイギリスでは、郵便料金は受取人が支払う仕組みでした。これにはさまざまな問題がありました。

徴収の手間と不正
配達員が料金を徴収しながら配達するため時間がかかり、配達が滞ることもありました。また徴収した料金を横領するケースもあったとされています。

支払えない受取人による抜け穴
料金が高いため支払えない人々も多くいました。そこで差出人と受取人があらかじめ暗号を取り決め、郵便物が来た際にすばやく暗号を読み解いて受け取りを拒否するという方法が広まっていました。

たとえば郵便物に「○」という印があれば「元気」という合図(暗号)を確認したらすぐに郵便物を差し返す。こうすれば料金を支払わずに情報のやりとりができたのです。

こうした問題をなくすため、ヒルは差出人が事前に料金を支払う前納制を提案しました。現在のように窓口で料金を支払ったり、料金を支払った証(後の郵便切手)を作成・販売する仕組みです。

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