郵便物の輸送と拳銃-山深い道でも東海道でも

郵便配達と拳銃』の加筆と修正を行いました。

実はまだ付け加えることがあったのですが、参考にした文献を控えるのを忘れてしまい、その部分は本文に書き込めず全体的に中途半端に加筆してしまった感じですが一応付け加えるべきところは付け加えました。

本文でも郵便配達員がなぜ拳銃を持つようになったのか書きましたが、当時は日本の物流の大動脈である東海道ですら盗賊がでてしまうような物騒な時代でした。
東海道でさえ、そんな状況なのでもっと山深い地方の道路などは特に危険だったみたいです。

東京と高崎との間で活躍していた郵便馬車の存在についてはよく知られています。
広運社という会社が馬車をだして双方から互いに馬車を出していました。
夜も馬車を出していたみたいで(PM10時にでるのを夜馬車と呼んでいたそう)郵便の用事で駅逓局から50~60袋を各事業所で配布したり、取り集めをしていたのですが、なんせ地方の山道でしかも夜中ということもあり常に危険と隣り合わせ。
もちろん、その危険というのは盗賊のことを指しています(防備のために駅逓局からは4挺のピストルが支給されていたそう)
実際に武州熊谷堤で6人の強盗に遭ってしまったこともあったんだとか。

ちなみにこの話は出典は控えなかったので分からず、メモ程度の走り書きを起こしたものなのでいろいろと間違えているかもしれません。

ただお伝えしたかったのは配達員が襲われたり・郵便物が荒らされたりする事態が多かったということです。郵便物の中にお金やら高価なものが入っているとの勘違いされ、ただ奪われるだけならまだしも時には殺されてしまうこともあり多くの配達員が犠牲になりました。

そんな悲しい出来事があり、苦肉の策として用意されたのが拳銃だったというわけです。

当時の配達員は支給された拳銃をどう思ってたのでしょう?
ただ丸腰で黙ってやられるより、拳銃で応戦した方が助かる可能性が上がるように思いますし、牽制にもなると思います
いまの警察と同じで取り扱いは厳格だったので、それが煩わしいと持つのを嫌がった人もいたみたいですが・・・



シェアする