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銭湯・蕎麦・はがきの共通点は料金!?

江戸時代、蕎麦は今でいうファーストフードとして、銭湯は社交場として広く庶民に利用され親しまれてきました。

そんな庶民の身近にあった蕎麦と銭湯には妙な縁があったんです。

 

蕎麦代=銭湯代

岡本綺堂の著書『綺堂むかし語り』に

どういうわけかしらないが、湯屋と蕎麦屋とその歩調をおなじくするもので、湯銭があがれば蕎麦の代もあがり、蕎麦の代が下がれば湯代も下がるということになっていた・・・

平山芦江の『東京覚え帳』にも

そばなり、うどんなりのかけもり一杯の値と銭湯とは同額でなければならぬとしてあった

なんでも蕎麦と銭湯代は同じでなければならない縛りが享保つまり、暴れん坊将軍吉宗の時代から、大正まで人々の意識の中で続いてきたようです。

確かに同じ代金で推移した・・・とは調べた限りでは言えませんが、蕎麦と銭湯共に庶民の生活と密接で必要なものだっただけに、人々の感覚では同じような値で推移したように感じられたのかもしれません。

 

はがきの料金との関係性

岡山の郵便(著:萩野秀)には平山芦江の著書について触れらています

はがきも文明開化の世渡りに必要欠くべからざるものなので、郵便を始めた頭脳のいい政治家が、ソバや湯屋の仲間入りをさせたのである。この人は実にえらい。はがきの値が上がると、湯銭も盛りかけ代も同値段になるのだが、ついぞ世間が文句を言ったことがない

物価のバロメーターである2つの料金と同調させたことで、値上がりに対する大衆の反感を買いにくいようににしたとは、なかなかの策士です。

なんでも前島密が郵便はがき料金の設定を考えているときに、たまたま蕎麦代と銭湯代が同じ相場で続いていることを知り、調べてみるとたしかに同調していることが判明。

その事実を知った前島はしめたとばかりに、当時の蕎麦代と銭湯代なみに五厘に決定したそうです。

※当時(明治元年〜9年あたり)の蕎麦代を値段史年表(朝日新聞出版)で調べてみると五厘でした。

時代が移るにつれてはがき・蕎麦・銭湯それぞれを取り巻く状況と必要性は変わってきました。いまではご存知の通り三つの料金に相関関係もなく、開きもあります。

今後、この三つの料金が歩調を合わせ変化していくことはないでしょう。ただいろんな物価が変動するにしても、これらの料金は据え置きでお願いしたいものです。

メモ帳

2014年4月現在、郵便葉書の料金は52円・銭湯代450円(都内・大人)・蕎麦代500〜800円 


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