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迷子の、迷子の、郵便物

迷子になるのは子供や子猫だけではありません。

迷子になるのは人だけ?郵便物も迷子になります。

何らかの理由で配達できなかった郵便物は差出人に戻されます。
しかし差出人(住所の記載等がなく)に戻そうにも戻すことができず宙に浮いてしまった郵便物を、誰が言ったか知りませんが「迷子郵便物」と呼んでいます。

このような還付できない郵便物は一定期間保管され、そのあと処分されます。

過去にはお寺で迷子郵便物の供養祭をおこない(後に火葬、というか焼却処分)、その魂?を弔う行事も開催されています。余談ですが迷子郵便の供養塔が建てられているお寺もあります。

この行事をする狙いとして差出人の住所氏名もキチンと書いてほしいという願いが込められています。早く言えば啓発活動の一環です。

 

サトウハチロー、詩に想いを込めて

昭和41年4月25日、雷門で有名な浅草寺で郵便週間の行事のひとつとして迷子郵便物の供養祭が行われました。

その供養祭では『ちいさい秋』などで有名な童謡作詞家のサトウハチロー氏が迷子郵便物を葬う詩を朗読しています。

さすがサトウハチローといったところでしょうか

その詩は物悲しさにあふれ、とてもこころに響く詩なのでご紹介したいと思います

『迷子郵便とは何たる悲しい名であろうか

とどくべきところへとどかず

元へもかえらず

溜息を漏らして 宙ぶらりん

さびしき限り わびしさの極みです

迷子郵便の中には 母から子供への手紙

子供から親へのたよりもあろう

とどいていたら

その人たちは

どんなによろこび

どんなにその日がたのしかったろう

又恋人へのラブレターもあったであろう

その手紙が

とどかないために

二人の仲にひびがいったということも

あったにちがいない

又お祝い、おくやみの手紙

そのため義理を知らぬ輩とそしられているかも知れない

迷子郵便

わたしはいまその供養にあたり

この詩を涙とともに捧げる

捧げながら、わたしは祈る

ただ祈る 心の底から祈る、早くなくなれ

なくなれ なくなってくれと祈っている』

(参照:通信文化新報 昭和41年5月4日号)

※通信文化新報の記事の利用の許可は得ています


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