過疎地の郵便局を廃止するのは当然の措置

合理化の一環で、過疎地の郵便局の閉局が今以上に進むのではないか、上場を控えいろいろな懸念が取りだたされています。

郵政事業≠ボランティア

私は過疎地の郵便局がなくなるのは仕方ないことだと思っています。ユニバーサルサービスで義務化されているからと言って赤字垂れ流しでいい訳がありません。
郵便事業を含め郵便局で行っているサービスは慈善事業でやっているものではないからです。

『過疎地の郵便局がなくなってしまうと、村唯一の金融機関がなくなってしまうじゃないか』という意見もありますが、他の金融機関がないから、郵便局がいなければならない理由にはならないと思います。

そもそもなぜ過疎地にほかの金融機関がないのか、その答えははっきりしていて採算が取れないからです。

採算も取れないのに事業所があることは負担にしかならず、いくら営業努力をしても限界があります。

郵便局だけの問題ではない

閉局を『儲け体質だ!』と揶揄する人もいますが、民間企業でさらに上場もする以上、利益を上げ合理化をするのは当たり前で他の民間企業でも当然のごとくやっていることです。それに郵政民営化を推し進めたのは国民なのに、そのことを忘れているんでしょうか。

そもそも採算の取れない地域から撤退することを儲け体質というのであれば、もとからその過疎地に進出していない企業はどうなんだという話ですが・・・

過疎地の金融を含めたサービスはなにも郵便局だけが考えるべき問題ではありません。社会全体が考えるべき問題です。

優遇措置があるからと言って

信書は郵便でしか送れません。他の運送業者と競合させてみては?という意見もあり、それが実現すればますます過疎地に郵便局が居続ける必要性は薄れていくと思います。
ユニバーサルサービスと信書の取り扱いは別の問題だという意見もありますが、なんで別々にしなければいけないのか分かりません。

荷物の発送で困るのであれば宅配業者(信書便はヤマト運輸もやりたがっていますし)を、金融サービスで困るのであれば地銀や信金などをその地域に呼べばいい話ですし、いち民間企業だけにユニバーサルサービスの義務を押し付けるのもどうかと思います。

優遇措置云々の話もありますが、そのかわりの義務も負わされているわけですからね。「民業圧迫だ」とか「優遇措置をなくせ」とはさかんに言っていますが、過疎地でも事業所を設けサービスをするという義務も背負おうとして批判しているようには思えません。

過疎地の立場がすべてではない

今まで述べてきたことに対して、過疎地の立場じゃないからそんなこと言えるんだと言われそうですが、もちろんそうかもしれません。
ただ過疎地の立場がすべてではありません。過疎地にとって最善であっても、全体あるいはほかの立場からみたときにそのことが最善である保障は一切ありません。
収益を悪化させているのは事実ですし、株主からもそのことは厳しく問われると思います。

私が株主になった場合は、過疎地の郵便局は廃止にするように求めていきたいと思っています。



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